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2014/11/08

グラビアアイドルのギリギリな状況について

グラビアアイドルの活動領域が減少しているといわれる。
最初の発言は森下悠里さんだったと記憶しているが、水着衣装を厭わないAKB48グループが雑誌グラビアページを席巻しグラビアアイドルの登用が減少していることが喧伝されている。
では、グラビアアイドルが雑誌媒体を始め、テレビのバラエティ番組でも活動の場を減少させているのは一時の環境変化か、そもそもその存在が確固たるものであったか。本投稿は
「グラビアアイドルは一時の状況によって成立しえたもので、その状況は現在になく、よって既に存続しえないもの」
と捉えている。以下その理由を述べる。
ちなみに、本投稿で述べるグラビアアイドルは、雑誌グラビアページで認知され、肌露出の多い写真集・DVDを発売することでさらに認知を広め、テレビのバラエティ番組に出演して報酬を得つつ、より写真集・DVDの売上を上げていく螺旋構造で売っていくタレントを指す。

メディア宣伝としてのグラビア
雑誌グラビアページと一括りにしたが、雑誌毎にコンセプトがあり、登用人物の傾向や肌露出に違いがある。
その上で、本来グラビアページは出演作品や発売曲・自身の認知を宣伝する女優・歌手・アイドルのものであった。
宣伝が主目的であり報酬は抑えられ、雑誌に華を添える、もしくはそれ目的で雑誌購入に至る効果を期待した芸能事務所と雑誌のエコシステムであった。これらタレントの中でフォトジェニックな人物が人気を呼び、雑誌販売部数を上げる影響を持つと考えられる場合には、グラビアページに登場する雑誌数・回数が増えることになる。
これは、後に元祖グラビアアイドルと呼ばれるようになるアグネス・ラムさんの登場よりも前からであり、アグネス・ラムさんもCMモデル・タレントであった。
当時は認識が形成されておらず、受け手の印象次第になる話だが、1984年に歌手デビュー、以降テレビドラマ・バラエティに出演した堀江しのぶさんも、グラビアページでの人気を捉えて1984年から写真集を販売し、人目に触れる機会を相乗しようとする意図が窺えるが、タレントという認識であったのではないか。グラビアページを主に据えて多メディアに露出する売り出し方が、今現在のグラビアアイドルと同様であるため、過去に遡って認識が改まっていると思われる。

写真集・DVD販売の隆盛と廉価化
1984年当時は写真集の価格が比較的高価であり、広く一般に購入されていなかった。
逆に言えば、高価であっても需要があり購入するファンがいる証で、人気を示す道具でもあり、現在のグラビアアイドルも写真集発売をステータスにする理由がこれに由来するのではないか。
写真集が広く一般に購入されるきっかけは、朝日出版社が出し155万部のベストセラーになった宮沢りえさんのヘアヌード写真集「Santa Fe」(サンタ・フェ)である。
これ以降ヌード・ヘアヌード写真集をテコに写真集販売が拡大していく。
一方、それまでレンタル専用で、もし個人で買えたとしても売価が1本10,000円以上するビデオソフトは、1993年に日本ビデオ販売株式会社が「ビデオ安売り王」で直販小売したことにより販売体制が一気に崩れ、小売ビデオが一般化し売価は5,000円以下が普通になった。この流れが1996年に発売が開始されたDVDソフトにも及び、小売で急速な低価格販売をされることになる。ビデオ・DVDソフトが低価格で小売されることで、グラビアアイドルのイメージビデオ発売が可能になった。
主たる販促・収入源である写真集・DVDが道具立てとして揃う1990年代初めが、グラビアアイドルの成立時期であると思われる。

芸能事務所の変化
女性タレントは十代から芸能事務所に所属していることが多い。
芸能事務所はタレントと所属契約する際に不安を感じる保護者や本人のために、代金負担で住居斡旋をし、生活費替わりに少額の月給を支給するなど生活を支える負担をしていた。
ところが、1995年にリニューアルしたテレビ東京の「ASAYAN」でアイドルオーディション番組が人気を呼び、同時期頃に読者モデルが登場するなど、芸能界入りの心理的ハードルが低下した2000年前後から、所属契約に前述したような生活を支える面が無くなる。
芸能事務所としては、長期停滞する経済状況でメディア広告費が減少しタレントの使用人数・金額が減り、売上が減る中でタレントを売り出す経費を抑えると同時に、何がきっかけで売れるか分からない状況で多人数と契約を結ぶことが可能性を最大化する方法であるため一人あたりの売り出し経費を極小化することが必要となった。
芸能界入りしたい個人からすれば、心理的ハードルが低下し競合が増える中、以前であればありえなかった能力であったとしても所属契約が結ばれる可能性がある以上、生活を支える待遇を要求することはなくなった。
これにより芸能事務所に所属するタレントが、その活動実績に関わらず増えることとなり、グラビアアイドルを名乗る人数も増えてくる。一つのカテゴリーで競争が激しくなることは、切磋琢磨を生み、細分化された需要に応えることで、そのカテゴリーが隆盛する原動力となる。
この2000年前後がグラビアアイドルが隆盛した頂点であろう。今現在グラビアアイドルのイメージは、この時期のものである。

収益を生まない事業
飽和が極点を迎えれば、そこからが衰退である。
グラビアアイドルの需要が行き亘っても、制約がないため供給が過剰になり始める。
作業のデジタル化が進み、写真集・DVDの制作が簡便になり低部数で販売することが可能になった。また、技術職やグラビアアイドル自身への報酬を削減することで経費を圧縮した結果、写真集・DVD共初版3,000部以下で販売することがほとんどになっている。
需要がないなかの努力ではあるが、グラビアアイドルの報酬がなく、制作会社・芸能事務所の利益を削った低部数化により、グラビアアイドルの人気を誇示する指標がなくなり、テレビなど他メディアへの売り出し宣伝に使えなくなった。テレビなどへ出演がなくなり、認知が減れば、次に写真集・DVDを販売する機会が無くなる。それを宣伝する雑誌グラビアページへの登場がなくなるのは必然である。
特に目新しい戦略もない芸能事務所に所属し、芸能界デビュー直後に雑誌グラビアページで紹介され、以降雑誌掲載もなく数枚DVDを発売して引退するでもなく消えていくグラビアアイドルが成功しなかった理由を2009年以降にブレイクしたAKB48に求めることは無理筋である。2010年以前にはグラビアアイドルという職業は存在しえなくなっていた。

これまでグラビアアイドルを目指していたような心性の人物はどうすれば良いのであろうか。
今と同じく、芸能事務所に所属しているといいながら、インディーズの閉じた世間で活動するのも選択肢の一つではある。
しかし、方向性としては元に戻ってフォトジェニックな女性タレントというところに集約していくのではないだろうか。
芸能事務所が以前のように、数千人の中でも光って見える人物だけを選抜し、戦略を立て、時間とおカネをかけて売り出す方が、今よりも結果として利益が出ることに気づくことが前提ではあるが。

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